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絵師ひでまさです😊
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このホームページでは、歌舞伎の女性を中心に描いたイラストと共に、歌舞伎の演目を紹介していきます。
そして、私が描いた歌舞伎絵と共に、あらすじも交えて分かりやすく解説していきます😌
今回ご紹介するのは、歌舞伎舞踊・『傾城玉菊』(けいせい たまぎく)です。
今日の絵は、若くして亡くなった花魁(おいらん)の霊と、花魁の見習いの子供が再開を果たす場面です。
花魁姿の玉菊、赤い着物のかえでの二人が楽しい思い出話に浸っている場面を描きました。
最後まで読んでいただけたら、嬉しいです😊
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演目名
歌舞伎舞踊
『傾城玉菊』
(けいせい たまぎく)
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あらすじ
花道から登場したのは、花街の禿(かむろ)・かえで。
かえでの手には、秋の草花が入った花籠を持っている。
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向かった先には玉菊燈籠、年若くして死んだ、傾城玉菊を供養するために廓の人々が掲げたものである。
玉菊を慕っていたかえでが、手に持った花籠を燈籠に捧げると…。
死んだはずの玉菊が姿を現す。
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久々に対面した傾城玉菊と禿かえで。
二人は廓で過ごした日々を思い出し、しばし踊る。
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かえでとの時間は楽しいのだが、既にこの世の人ではない玉菊。
このまま居ては現世に未練が残り、かえでとの別れも辛くなる。
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玉菊はかえでに、文遣いを頼み廓(くるわ)へ帰し、静かに姿を消すのであった。
《玉菊》は江戸時代中期の遊女。
元禄(げんろく)15年生まれ。江戸新吉原中万字屋の太夫。河東節(かとうぶし)の三味線にすぐれる。
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享保(きょうほう)11年3月29日死去。25歳という若さでこの世を去る。
新盆に廓中の軒ごとにつるした灯籠が、のちに玉菊灯籠とよばれ、吉原の年中行事になった。
三回忌には、初代十寸見(ますみ)蘭洲が「水調子」をうたって追善供養した。
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衣装メモ
玉菊の衣装は、花魁(おいらん)の衣装です。薄いピンク色と薄い紫色で統一された打掛です。
そして紅葉が描かれた、青い前帯を締めています。
頭には、鼈甲(べっこう)の櫛をたくさん付けています。
かえでとの再会は嬉しい玉菊ですが、どこか悲しい表情を浮かべています。
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一方、妹分のかえでの衣装は、真っ赤な着物姿です。
頭には赤とピンクの髪飾りを付けています。
かえでは禿(かむろ)と言われ、子供ですが花魁の見習いでもあります。
そして、花魁の身の回りの世話や雑用などもこなします。
かえでは目を閉じて、玉菊との過去の思い出を懐かしんでいます。
今回の表現ポイント
背景は、二人の名前が玉菊とかえでなので、菊の花と楓を付けました。
玉菊は菊の花、かえでは色付いた楓の葉で表現しました。
黄色い雲は、二人の思い出や記憶をイメージしてます。
そして、二人が楽しい思い出を振り返り、懐かしむ様子を、菊とかえで戯れる表現にして描きました。
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玉菊を姉のように慕うかえでと、再会は嬉しいが過去のように、かえでとはしゃぐことが二度と出来ない玉菊の悲しさを表現した作品になっています。
今回は、歌舞伎舞踊・『傾城玉菊』を紹介しました😊
今日も最後まで読んでいただき、
ありがとうございました😊✨
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